旅の現象学

2012年から2013年にかけてのユーラシア大陸自転車旅行の記録です。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 大阪を出ると、友人達が歓迎会を開いてくれる横浜に6日後に着くことを目指して走った。

予定では、ずっと国道一号を通って横浜に向かうつもりだったのだけど、友人のすすめもあって、途中伊勢に寄った。
DSC_0037_20130804234844783.jpg

DSC_1203.jpg

DSC_0016.jpg

 伊勢はとても好きな場所の一つになった。街全体を包むゆったりとした空気、古い建物の土産物屋や飲食店が並ぶおかげ横丁のにぎわい、伊勢神宮の樹木の厳かさ。でも何よりもいいなぁと感じたのは泊まっていたゲストハウスの風見荘。海外の観光地には大抵あるドミトリーのゲストハウス、日本だとユースホステル以外ではあまりないと思っていたのだけど、どうもここ何年かで増えてきているらしく、ここもその一つ。オーナーさんのこだわりや愛情が随所に感じられる空間で、特に自然と旅人同士が仲良くなれる共有スペースが素晴らしかった。日本の人達も色々な国から来ている人達も皆、和気あいあいと楽しそうだった。オーナーさんもとても面白く、しばらく住み込みで働きたくなったくらい。世界で色々泊まってきた宿の中でも最も好きな宿の一つになった。

風見荘。
DSC_0066.jpg

風見荘の中。
DSC_0063.jpg

伊勢を出ると、今治から渥美半島にフェリーで渡った。
DSC_0073.jpg

渥美半島を抜け、浜松あたりで国道一号に合流。
DSC_0084_20130804234902eae.jpg

 このあたりから東京までの国道一号はかなり思い出深い道だったりする。高校生最後の春に一度、大学生のときに二度、僕はこの道を自転車や徒歩で通った。それぞれの時代の色合いに染まった記憶として、僕はときどきその道のりを思い出す。旅の最後に日本を走りたいと思ったとき、この道を走ることが念頭にあった。

 実際に走ってみると、特別に深い感慨が湧く訳ではない。ああそう言えばこんな道だったな、そろそろ海が見えるだろうな、ここでうどん食べたな、とかそんなことを思いながら走るだけだ。でも何年か後、この記憶はこれまでこの道を通った時とはまた違った色合いに染まっていて、僕はそれを懐かしく思い出すことになるのだろう。

由比付近の道。
DSC_0098.jpg

どこかの浜辺。
DSC_0109re.jpg

 大阪を出発して5日目、翌日の夕方に友人達が横浜でゴールテープを用意してくれることになっていたので、この日の内に絶対箱根を越えておきたいと思っていたのだけど、箱根の手前、三島に着いたときには空が暗くなり始め、更に雨も降り出したので、迷った末にその日は三島に留まることにした。横浜までの距離はまだ約100kmも残っていて、しかも箱根越えもある。友人達のゴールテープに間に合うかは結構なチャレンジに思えたけど、ゴールテープを切る前に思いっきり走るのも悪くないと思った。

翌日、早起きして峠に向かって走り出す。これが正真正銘最後の大きな峠。これまでの旅でも何度かそうしてきたように、てっぺんまでずっと止まらずにペダルを回し続けようと決めて、登り出す。
DSC_0117.jpg

 登っていると雨がぽつぽつと降り始め、次第に本降りになった。これまで僕は二回、箱根を自転車で越えているのだけど、そのときも雨が降っていたことを思い出して、苦笑いした。二回とも半分以上は自転車を降りて押していた。しかし今回はまだまだ登れる余力がある内に最高点を示す標識が見えた。

箱根関所付近。
DSC_0120.jpg

 箱根を越えると、空も晴れ始め、都会の信号に煩わされながらも平坦な道を順調に走っていき、予定していた時間には少し遅れそうではあったけど、友人達が待っているゴール地点に着々と近づいていった。待っている友人達から絶対何かコメントを求められるだろうなと思って、走りながら何を話そうか考えていたけど、途中で止めた。旅が終わるというのはぎりぎりまで掴みどころのない感覚だった。しかし最後の数キロ、風がいつもより気持ちよく、空が少し高く感じられて、僕はそれを能天気に祝福のように感じながら走った。
 
 友人達が用意してくれたゴールテープは、僕にひっかかることを心配した友人が僕が通過する手前で手を離したため、ひらりと僕の前を落ち、結局僕はテープに触れなくて、それが何か可笑しかった。それから皆の顔を見るとただただ笑った。その日は横浜の24時間営業の温泉施設で皆と語らったり、サプライズ企画に驚かされたりした。彼らと出会って、今の自分がいて、この旅があったんだなぁとしみじみ感じた。

夜の横浜みなとみらい。
DSC_0146.jpg

サプライズでもらったトロフィーと、このブログを本にしてくれたもの。これまでの人生で一番嬉しいプレゼントだったかもしれない。
DSC_0193.jpg

 翌日、友人達が去った後、僕にはまだ埼玉の家までの最後の道のりが残っていた。その日の内に帰ることも出来たけど、これで旅が本当に終わるのかと思うと虚脱感でなかなか走り出すことが出来ず、結局たった十数キロしか走れず川崎の東横インに泊まった。翌日の朝、ビュッフェ形式の朝食を一人で食べてると、朝食の係のおばさんと目が合い、おばさんは「余ったら破棄しちゃうのでたくさんお食べください」と言った。それをとてもいいと思った。

 川崎を出るとそのまま家には向かわずに、何か所か自分に縁が深い場所に寄り道をした。この旅の仕上げの最後のスパイスとして、辿る道のりの中にそういう場所を含めたいと思った。懐かしい場所で懐かしい匂いを嗅いだ後、家に向かって走った。何度か通ったことがある道が現れ、何十回も通ったことがある道が現れ、数えきれないほど通ったことがある道に辿りつく。道の光景は最後に見たときからほとんど何も変わっていない。懐かしいという感じはあまりなく、僕が旅している間も別の僕がこの道をずっと走り続けていたんじゃないかという気すらした。家に着き、ドアの前で「ただいま」と言うと、「ちょっと待ってて」と言う両親の声が聴こえ、少しするとドアが開き、クラッカーが鳴らされ、両親が「おかえり」と言った。

269日目の走行距離約52km(ロカ岬からの走行距離13173km)
270日目の走行距離約39km(ロカ岬からの走行距離13212km)
271日目の走行距離約87km(ロカ岬からの走行距離13299km)
272日目の走行距離約26km(ロカ岬からの走行距離13325km)
273日目の走行距離約101km(ロカ岬からの走行距離13426km)
274日目の走行距離約71km(ロカ岬からの走行距離13497km)
275日目の走行距離約83km(ロカ岬からの走行距離13580km)
276日目の走行距離約96km(ロカ岬からの走行距離13676km)
277日目の走行距離約15km(ロカ岬からの走行距離13691km)
278日目の走行距離約80km(ロカ岬からの走行距離13771km)

 近々、あとがきとか振り返り的なものを書くと思いますが、本編は一応、これで完結です。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
スポンサーサイト

コメント

こっちも本当に楽しませてもらいました。ありがとう。直接会って話しが出来れば一番いいんだけどね。その機会が近いことを願って!(しかも慶事で)

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://kokosadokosa.blog.fc2.com/tb.php/78-cfbc9a0d


より大きな地図で 旅の現象学 を表示

さんふぃ

Author:さんふぃ
ポルトガルロカ岬から、日本に向かって主に自転車で旅行中です。

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。