旅の現象学

2012年から2013年にかけてのユーラシア大陸自転車旅行の記録です。

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 アブハルを出発して二日目、その日泊まる予定だったサーヴェーという街に入ると、信号でシャラムさんという日本語を話すおじさんに声をかけられて、またしても家に泊めてもらえることになった。

夕食にはラーメンをごちそうになった。
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子供達も器用に箸を使う。
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 このシャラムさん、近くに完全に独力で自分の家を建てているということなので、翌日、完成が近いその家を見せてもらった。実際、見てみるととても一人で作ったとは思えない大きさときれいさでびっくりした。庭は日本式庭園にするという。日本にいるときに、テレビ番組でそういうことをしているおじさんを見て以来、ずっと夢だったらしい。「あなたと同じ。自分がしたいことのために体を動かすのはすばらしい」とシャラムさんは言っていた。

シャラムさんと作っている途中の家。
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 ここに来るまでに思っていたよりもだいぶ日数を使ってしまっていたから、ここからは最短距離でエスファハーンを目指すつもりだったのだけど、シェリムさんいわく、少し遠回りでもゴムとカーシャーンという町を通るルートの方が全然面白いよ、とのことなので、そのルートでエスファーハーンを目指すことにした。この「少し遠回り」が全然少しではなかったのだけど…。

シャラムさんの家を出発し、夜にゴムに着いた。イランではマシュハドに次ぐイスラム教の第二の聖地。
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翌日は一日ゴムを観光した。壮麗なマスジドはかなり見応えがあった。
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 翌日、出発しようとすると、後輪のタイヤがパンクしていた。それが何度やってもうまく直らないので、途方にくれて宿の人に近くに自転車屋がないかと訊くと、その場にいた親切なおじさんが車で連れて行ってくれた。ただのパンクじゃないことを自転車屋さんに伝えたかったのだけど、おじさんも自転車屋さんも英語が全くと言っていいほど通じないので、おじさんの携帯電話を借りて、アブハルのアフマドさんに電話した。四日ぶりにアフマドさんと話をすると、彼は本当に家族のように僕のことを心配してくれていて胸が熱くなった。彼に日本語で状況を伝えて通訳してもらい、自転車屋さんにタイヤを調べてもらうと、何とも恥ずかしいことに、内側に小さな金属片が二つも埋め込んだままになっていた。先端が少ししか見えていない状態だったから見過ごしていたらしい。

 修理が完了し、修理代と足りなくなっていたので買うことにしたパンク修理セットの代金を払おうとすると、自転車屋さんに連れてきてくれたおじさんが自分が払うと言って引いてくれない。ここまで連れてきてもらって、電話も使わせてもらったので、むしろお金を払おうと思っていたのに結局、払ってもらうことになってしまった。本当にイランの人の親切さには頭が下がる。

 パンクが無事直ると、ゴムを出発し、この日はカーシャーンという長い歴史を持つオアシス都市まで走った。本来であれば、そこまでの道のりやカーシャーンの街並みの写真をアップしたいところなのだけど、後で書く理由のためそれが出来ない。カシャーンは日干しレンガで造られた街並みや、昔の大富豪が建てた豪華絢爛な邸宅の繊細なレリーフなどが印象的だった。
 
 さて、ここからエスファハーンまでの道のりが色々と大変だった。まずシャラムさんから120kmくらいと聞いていた道のりが実際は210kmくらいあった。海外の人に目的地までの距離を訊くと、大抵、実際よりも短い答えが返ってくるのだけど、それにしても今回の実際とのかい離は過去最高だった。この区間は一日で走るつもりでこのルートを選択したのだけど、とても走れる距離じゃない。それでカシャーンを出発した日は約70km地点でキャンプをした。

 翌日、エスファハーンまでの距離は残り約140km。長い距離だけど、シャラムさんから道はほとんど平坦か下り坂と聞いていたので、がんばれば夜までには着くだろうと思って出発したのだけど、それが甘かった。出発から50kmくらい延々と緩やかな上りが続き全然スピードが出ず、事前のイメージとのギャップに心が折れそうになった。正直、道中シャラムさんのことを結構恨んだ。

 日が暮れかかった頃、トラクターの運転手がエスファハーンまで乗っていくか、と誘ってくれた。その時点でエスファハーンまでの距離は約80km。ぎりぎりまで迷ったのだけど、結局、自分で走れるところは走りたいという想いが勝って断った。その日の内に着かないことも覚悟の上だったのだけど、そこからすぐの地点から今度は長く緩やかな下り坂が始まり、何とか11時くらいにエスファハーンに到着した(普段はそんなに遅くまで走ってないです。念のため)。やれば出来るじゃん、車、乗らないで良かったと思いながら、宿に向かって走っていたのだけど、最後に落とし穴が待っていた。

 あまりにお腹が空いていたので、宿に着く前に何か食べようと、ファストフードショップの前に自転車を停めていると、若い男が人懐こい笑顔で一緒に写真を撮ろうと話しかけてきた。イランに入ってからこれまでも頻繁にあったことなので、僕は特に何も考えずカメラを取り出したのだけど、何とその男はカメラを掴んで陽気に「ホダ・ハフェズ!」(ペルシャ語でさよなら)と言い、そのまま走り出した。僕も慌てて追いかけたのだけど、男はすぐ近くに停めてあった別の男の車に乗って走り去ってしまった。ナンバープレートの番号を覚えようにも、ペルシャ語表記のためそれも出来なかった。途方にくれつつも、その時点ではどうしようもないので、とりあえずサンドイッチを食べ、宿に向かった。着いたときには心身共に疲れ果てていた。
 
 そんな訳でこの記事の後半は写真がないです。不幸中の幸いで、三日前にカメラのデータをPCに移していたので、被害はカメラ本体とゴム以降の写真だけで済みました。

167日目の走行距離約102km(ロカ岬からの走行距離7738km)
168日目の走行距離約99km(ロカ岬からの走行距離7837km)
169日目の走行距離約78km(ロカ岬からの走行距離7915km)
171日目の走行距離約104km(ロカ岬からの走行距離8019km)
172日目の走行距離約71km(ロカ岬からの走行距離8090km)
173日目の走行距離約143km(ロカ岬からの走行距離8233km)
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コメント

No title

いいことばっかりじゃないけど、
頑張って下さい

No title

あー、遂にやられたね。カメラ泥棒。

新しいカメラは入手するのかな。ブログの写真、楽しみにしているのだが。

イスファハンは、本当に綺麗な街だった。俺はアミールカビールに泊まったのだったかな。
バックパッカーの宿だったが、まだあるのかな。

Re: No title

ありがとうございます!案外すぐに立ち直りました(笑)

> いいことばっかりじゃないけど、
> 頑張って下さい

Re: No title

エスファハーン、綺麗ですよね!僕も大好きです。僕もアミールキャビールに泊まってましたよ。
今もバックパッカーの定番みたいです。

カメラはエスファハーンで安いのを買い、本日、ドバイで一眼を買いました。なので写真は今後もアップしていきますよ。

> あー、遂にやられたね。カメラ泥棒。
>
> 新しいカメラは入手するのかな。ブログの写真、楽しみにしているのだが。
>
> イスファハンは、本当に綺麗な街だった。俺はアミールカビールに泊まったのだったかな。
> バックパッカーの宿だったが、まだあるのかな。

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さんふぃ

Author:さんふぃ
ポルトガルロカ岬から、日本に向かって主に自転車で旅行中です。

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