旅の現象学

2012年から2013年にかけてのユーラシア大陸自転車旅行の記録です。

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これまであんまり実用的な情報を載せてこれなかったので、時間があるときに
ちょくちょくアップしていこうかと思います。
取りあえずライトや空気入れなどの備品を除く自転車関係の装備品情報。
これから海外を走ることを考えている人の参考になればと思います。

≪自転車≫
メーカー 丸石
商品名 ツーリングフロンティア
メモ
色々情報を集めた末、重視したのが、途上国で修理が可能で
乗り心地もしなやかなクロモリフレームであることと、部品の入手が容易な26インチタイヤの
マウンテンバイクベースであることの二点。
長距離自転車旅行者の間で定評のあるSURLYのLONG HAUL TRUCKERと迷ったけど、
必要条件を満たしていて80,000円ほど安く手に入るこっちを選んだ。
ヨーロッパを走った時点では、何の問題もなく、乗り心地もとてもいい。
唯一、困ったのはフロントフォークにキャリアを取り付けるためのダボ穴が空いていない点だけど、
マウントを付けることで解決した。

≪フロントキャリア≫
メーカー チューブス[TUBUS]
商品名 フロントキャリア Tara
メモ
長距離自転車旅行者の間では超定番。軽くて丈夫。鉄板の選択だと思う。

≪リアキャリア≫
メーカー チューブス[TUBUS]
商品名 リアキャリア Logo
メモ
同上。

≪フロントパニアバッグ≫
メーカー オルトリーブ[ORTLIEB]
商品名 フロントローラー クラシック
メモ
こちらも長距離自転車旅行者の間では超定番。完全防水。鉄板の選択だと思う。

≪リアパニアバッグ≫
メーカー オルトリーブ[ORTLIEB]
商品名 バックローラー クラシック
メモ
同上。バックローラーはフロントよりも容量が大きいので、荷物をいっぱい持っていく人は、
フロントにもバックローラーを付けていいと思う。

≪フロントバッグ≫ 
メーカー オルトリーブ[ORTLIEB]
商品名 アルチメイト5 クラシック L
メモ
同上。取り外してショルダーバッグに出来るので、カメラなどの貴重品は
全部この中に入れて持ち歩いている。

≪サドルバッグ≫ 
メーカートピーク[TOPEAK]
商品名Wedge Dry Bag Mサイズ
メモ
工具類などを収納するのに使用。これも完全防水のものを選んだ。
見た目よりも容量が少なく、色々と入らないものがあるのでLサイズを
選んでおけば良かったと少し後悔。

≪タイヤ≫
メーカーシュワルベ[SHWALBE]
商品名マラソン XR
メモ
耐パンク性能の高さから長距離自転車旅行者の間では超定番のシュワルベ。
僕は折りたたみが可能で持ち運びが楽なXRを選んだ。今のところ5,600kmの走行でパンクが二回。
まあ上々の結果だと思う。

≪泥除け≫
メーカー クラナ[CURANA]
商品名 シーライト26 26インチ用フェンダー前後セット
メモ
雨の日に走るのなら絶対、泥除けはあった方がいいと思う。軽くてデザインも好きだったのでこれを選んだ。
前後とも止め具が壊れてしまったので、今はタイラップを使って固定している。

≪スタンド≫
メーカー 不明
商品名 不明
メモ
最初は付けてなかったのだけど、あった方が色々と便利なので
センターに取り付けるシングルスタンドをバルセロナで購入。
丈夫さを重視するならマルチスタンドだけど、荷物をそんなに積まない自分にはこれで
十分だと思う。
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滞在が延びに延びているイスタンブール。一回にまとめるのが難しいので街の写真をまとめたものと、非常に充実していた日本人宿ツリーオブライフでの日々の二回に分けてアップします。まずは街編。

ヨーロッパの終わりであり、アジアの始まりであるイスタンブール。少し歩くだけで、ヨーロッパ色が強くなったり、中東色が強くなったり、表情が変わっていくのがとても面白い。

旧市街から望む新市街。
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新市街のメインストリート、イスティクラル通りはかなりヨーロッパ的。
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旧市街と新市街をつなぐガラタ橋はいつも釣り人でいっぱい。
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旧市街にある世界有数の巨大なグランドバザール。絨毯や土産物屋がたくさん並んでいて多くの人で賑わっている。
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グランドバザールの周りには様々な専門店街が広がっている。グランドバザールは観光客向けに整理されているけど、こちらはもっと雑然としていてエネルギッシュ。ものを売る人の掛け声が至る所から聴こえ、日本のアメ横を彷彿とさせる。
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新市街のガラタ塔から望む旧市街の夕景。
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イスタンブールには大きなモスクがいくつもあって、一日に五回、それぞれのモスクのスピーカーからイスラム教徒に祈りを呼びかけるアザーンの調べが流れてきて、重なり合う。街を歩いていて、それが聴こえてくると異国情緒を強く感じる。写真はイスタンブールのランドマーク的なブルーモスク。
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ブルーモスク内部。
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夜のブルーモスク。
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ビザンチン建築の最高峰と評されるアヤソフィア。キリスト教の教会として建てられた後、モスクとして利用され、現在は博物館になっている数奇な歴史を辿ってきた建物。中の色合いがすごく好きだった。
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アヤソフィア内部。
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 トルコに入った初日は国境から5km程進んだイプサラという町に泊まった。ヨーロッパの町が共通して持つ雰囲気に新鮮味を感じなくなってきていたので、トルコに入ったらそれが変わるといいなと思いつつ、やはりそんなに変わらないんじゃないかと危惧していたのだけど、うれしいことにがらっと変った。雑然とした街並み、食べ物の匂い、人々の顔立ちや服装。
 でも一番の大きな違いは町に流れている「ゆるさ」だと思う。もう少し具体的に言うと「これはこうじゃないとだめだ」というルールの弱さだ。店員はお客様に対してこう接しなければならない、この場所ではこう振る舞わないといけない、無駄があってはいけない、そういうルールがここでは、日本やこれまで通ってきた多くのヨーロッパの国々に比べてだいぶ弱い。人に何かを演じることを要求するルールが弱いから、ここでは多くの人が普段の自分のまま、町を歩き、出会った人に挨拶をし、厨房に立ち、接客をする。店はこうでなければいけないというルールが弱いから、雑な人が雑な店を運営して、それでもお客さんがある程度来る。ゆるさが個性を許容し、個性が町にエネルギーを与えている、そういう印象を受けた。

朝のイプサラ。
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カメラを構えていると「俺を撮れ!」という人が頻繁に現れる。
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 トルコ国境からイスタンブールの中心地までの距離は約250km。地図では、大きな山もなく平坦な道が続いているように見えたので、頑張れば二日、普通に走っても三日で着くと思っていたのだけど、大きな地図でないと分からない小刻みなアップダウンが延々と続く道で全然スピードが出せなかった。その上、風や雨に苦しまされ、結局イスタンブールに着くまで四日かかった。

こんな感じの道が続いた。
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飲食店の近くで立ち止まると、よく親切なおじさんがあいさつがわりに「チャイを飲んでけ」と勧めてくれる。田舎のチャイを飲むサロンはこんな感じ。
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チャイをごちそうしてくれたおじさん。
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イスタンブールは880万人が生活する巨大な街。中心部まで30kmくらいのところから都市圏に入り、景色がにぎやかになっていく。
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一応の目的地に決めていたイスタンブールに到着!
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 と言う訳で、数日前にイスタンブールに着き、日本人宿Tree of lifeにてこの記事を書いています(今日で六泊めとプチ沈没状態)。
 今後のことについてですが、出発するときは自転車旅行はここまでででもいいかなと思っていたのだけど、旅行中に色々考え、しばらく前からこのまま西に向かってしばらく進もうかと思うようになりました。大きな理由は二つで、一つは自転車旅行で得られるものが思っていた以上に大きくて、このスタイルの旅をもっと続けたいと思ったこと、もう一つは自分が属する場所に自分が納得できる轍を刻んでしっかりと帰りたいと思ったことです。
 今、考えている予定ではこれから半年位かけて、自転車での走行が時期的に厳しい地域やビザが取れない国だけ他の交通手段でスキップしつつ、日本まで自転車で帰れたらと思っています。あくまで予定ですが。というわけでこのブログもまだしばらく続きます。

86日目の走行距離約79km(ロカ岬からの走行距離5318km)
87日目の走行距離約97km(ロカ岬からの走行距離5373km)
88日目の走行距離約57km(ロカ岬からの走行距離5449km)
89日目の走行距離約66km(ロカ岬からの走行距離5515km)
テッサロニキで野良犬対策について色々情報を集め、どうやら背を向けて逃げるのがいけないらしいということが分かったので、まずそうな犬を見つけると、歌舞伎役者のように目を開いてじっと見つめながらゆっくりと通り過ぎるようにしてみた。するとどうだろう。犬は吠えながら駆け寄ってきてもある程度の距離で必ず止まる。背を向けた際に追ってきても、振り返るとだるまさんが転んだのように止まる。それでも近付いてきて噛みつこうとする獰猛な犬もいるのだろうけど、僕がテッサロニキ以降で出会った十数匹の犬は皆それだけで止まってくれたので、第二の対応策として用意していた投てき用のパンの出番は一度もなかった。

こんな状況ももう怖くない。
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投げつけて脅かしつつも懐柔しようと買ったものだけど、途中から気まぐれであげるきびだんごになった。
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きびだんごで仲良くなった。
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さて犬問題が解決して、以前のようなわくわくした日々がやってくるのかと思いきや、必ずしもそうではなかった。決して退屈と言う訳ではないのだけど、一日が以前よりも平坦なのだ。ギリシャの人達や景色がつまらない訳じゃない。ギリシャの道中でも、これまでと同じように、色々な人から優しさをもらい、素敵な風景に出会ってきた。それらはこれまでと同じように僕に力をくれた。でもそこから新しいことに気付いたり、自分の反応自体に驚いたりすることは減った。僕はただおいしい空気を吸うようにそれらを通り過ぎる。旅が日常になりつつあることを感じている今日この頃。

テッサロニキを出て二日目に泊まった港町カバラの風景。
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ギリシャに入ってケバブ屋さんが一気に増えた。味も今までのどの国よりもおいしい。でもこのおじさん曰く、トルコはもっとおいしいらしい。
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ギリシャを抜ける前日の夜、次の町まで行こうと走っていたら嵐になったので、ガソリンスタンドへ避難。働いている人がいい人でここでテント張っていいよ、と言ってくれたので久しぶりのキャンプ。寒くなってからめっきり出番が減っていたテントだったけど、厚着して寝袋に入れば全然問題ないことが今さら分かった。
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ギリシャ最後の大きな街アレクサンドロポリスのぐでんぐでんな犬達。
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昨夜の嵐で出来た水たまりに映える夕暮れの空。
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トルコ国境に着いたのは夜。夜空にはばたく巨大な国旗が印象的だった。
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81日目の走行距離約79km(ロカ岬からの走行距離4948km)
82日目の走行距離約97km(ロカ岬からの走行距離5035km)
83日目の走行距離約57km(ロカ岬からの走行距離5092km)
84日目の走行距離約61km(ロカ岬からの走行距離5153km)
85日目の走行距離約112km(ロカ岬からの走行距離5265km)
ヤネと午後まで話をしていたので、ギリシャに入る頃には日が傾きかけていた。観光大国だし、泊まる場所を見つけるのは難しくないだろうと思っていたのだけど、しばらく走っても通り過ぎるのは人気のない小さな村ばかり。

国境を越えて最初の村。
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そして何より驚いたのが鎖に繋がれていない犬の多さ。この日は四時間走っただけなのに、四回も追いかけられた。途中までは、30km程夜道を走り、進行方向上にある大きめの町まで進もうと思っていたのだけど、通りすがりのおじさんから危ないから止めて引き返せとの忠告(こんな忠告をもらったのはこれまでで初めてだ)をもらい、僕も夜の犬が怖かったので進行方向から少し離れたフロリナという町の安ホテルに泊まった。

翌日以降も犬に悩まされた。他の国では、新しい景色にわくわくしながら走っていたのだけど、ギリシャに入ってからの三日間はまだ見ぬ犬にびくびくしながら走る日々だった。

農園の景色は穏やかで素晴らしいけど、心はそんなに穏やかじゃない。
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どこの町でも野良犬が我が物顔で闊歩してる。町の中にいる犬は基本的に無害だけど、町外れの犬が敵意むき出しで怖い。
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ギリシャに入って三日目にギリシャで二番目に大きい都市、テッサロニキに着く。次の日は一日、この街に留まり、街を散策し、たまっていた用事を片付けた。アルバニアやマケドニアを通った後だから初めて感じられたことだと思うのだけど、テッサロニキでは街にいる人達がそれぞれの壁を持っているような印象を感じた。決して冷たいという訳ではないのだけど。

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テッサロニキのランドマーク、ホワイトタワー。
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この街にも野良犬がたくさんいた。皆、大人しく、そして気だるげ。
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77日目の走行距離約45km(ロカ岬からの走行距離4710km)
78日目の走行距離約49km(ロカ岬からの走行距離4759km)
79日目の走行距離約110km(ロカ岬からの走行距離4869km)
 マケドニア国境に向かい峠をゆっくり登っていると、脇から羊の世話をしている少年が駆け寄ってきて話しかけてきた。いつものように、ほとんど英語は通じないのだけど、名前や、どこから来たとか、どこへ向かってるとかをジェスチャーを交えて伝える。そうしている内に少年が僕の自転車のフロントバッグに興味を持ったようで、開けてくれとジェスチャーで伝えてきたので、僕が開けると、少年は中のものを一つ一つ指さし、それが何なのかを訊いてくる。カメラ、タブレット、ウォークマン、文章を書くのに使ってるポメラ…。少年は一つ一つ触りたがるので、僕は渡す。そして一通り触り終わると、必ず自分を指さし「プリーズ」と言う。どれもあげられるものではないので僕はノーと言う。でもそれは昨日、少年に突きつけたノーとは違う。
 少年に言われるがままに写真を撮ったりして遊んだ後、僕が出発しようとすると、少年は掌を僕に差し出して、ねだり顔で「ミュージック、プリーズ」と言った。見たものの中でウォークマンが一番、欲しかったのだと思う。僕が苦笑しながらノーと言うと、少年はまたプリーズと言う。僕のノーと少年のプリーズが交互に山に響く。僕はそれをとても楽しく感じた。そうしている内に、スペインのガソリンスタンドでアイスを買ったときに一曲入りのプラスティック製の音楽プレイヤーをオマケとしてもらっていたことを思い出したので、かばんからそれを引っ張り出し彼にあげた。少年はニカッと笑い、一言「サンキュー」と言った。それから僕が自転車をこぎ出すと、昨日の少年と同じように彼も自転車の後ろを押しながら走ってついてきた。

少年。何かシンプソンっぽいな。
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マケドニア国境付近の風景。
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国境を越え、峠を下りて行き、オフリド湖湖畔のストルガという町に着く。
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 短い時間の滞在だったけど、マケドニアの人達もアルバニアの人達に負けずに暖かで、たくさんのやさしさと笑顔をもらった。ただ彼らはより慎ましやかで、例えば、遠くにいる誰かが僕に話しかけてくるとき、アルバニアの人がその場から声をかけたり、口笛を吹いたりするのに対して、マケドニアの人はこちらに歩いてきてから話しかける、そういう違いを感じた。ちなみにマケドニアではお金やものをねだられることは一度もなかった。

 ストルガでのエピソードを一つ。僕が自転車を止めて地図を確認していると、歩道の少し離れたところからおそらく小学校の低学年くらいだと思われる少年がこちらの様子をうかがっていて、僕が笑顔を向けると少年は英語で名前を訊いてきた。僕が答えると次に彼はどこから来たのと訊いてきたので僕が「フロム・ジャパン」と言ったら、彼は満面の笑顔で「アイ・アム・フロム・マケドニア!」と言った。うん、知ってるよ(笑)これには癒された。

この日はストルガからオフリド湖湖畔を東に進んだ、オフリドの町に泊まった。写真は夕暮れ時の聖ヨヴァン・カネオ教会。
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次の日の午前中は、オフリドの町と湖を散策した。
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湖面を見下ろすとすごい数の魚が泳いでる。
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 午後にオフリドを出発し、夜、ギリシャ国境前の最後の大きな町であるビトラに着いた。宿を探すためにwifiが飛んでるカフェに入り、ケーキが並んだショーウィンドを眺めていると、ウェイターの青年が声をかけてきて、おすすめを教えてくれた。こちらを緊張させない柔らかな表情と物腰の青年だった。僕が座った席までケーキとカプチーノを持ってきた彼は、僕に名前とどこから来たのかを訊いた。僕がそれに答え、逆に彼に名前を訊くと、彼は「日本語でroofは何て言う?」と言った。何を言っているのか不思議に思いながらも「やね」と答えると「イエス、ヤネ。それが僕の名前」と彼は言った。数か月前に日本語の先生をやっている韓国人の自転車旅行者が同じくこの店に立ち寄り、彼に教えたのだそうだ。「なぜかこの店にはよく自転車旅行の人が来るんだよね」僕らは打ち解けて、また後で会う約束をした。
 宿に荷物を置き、夕食をとってそのカフェに戻った。一杯カプチーノを飲んで少し話をするだけのつもりだったのだけど、彼が「もう少しで仕事が終わるからそれからどこかに行こう」と言うので、僕はちびちびとカプチーノをすすりながら待った。全然「もう少し」ではなくて結局二時間くらい待たされた後、僕達は地元のナイトクラブに行き、色々な話をした。
 将来の話になったとき、彼は海外で勉強をしたいと言った。マケドニアはいい国だとは思うけど、小さな国で、そこにい続ける限り将来の選択肢は限られる。彼との会話の中で、彼の非凡な頭の良さと新しいことを知ることに対する欲求の強さを感じていた僕は、彼にとってマケドニアは狭すぎるのだろうと思った。しかし外に出ようとしても、この国では他の国との経済の格差が高い壁になる。ヤネからマケドニアの月給の平均を聞いてびっくりした。約200ユーロだそうだ。他の国と比べて物価がすごく安かったので、賃金も高くはないだろうと思っていたのだけど、まさかここまで大きな差があるとは思っていなかった。
 日本にいるとき僕はときどき「もしお金があれば僕は…」みたいなことを軽々しく言ったりしていたけど、考えてみればこれまでの人生で強く何かをやりたいと思ったとき、お金が越えられない壁になったことは一度もない。今回の旅行だってそうだ。これまでに何人かの自転車旅行者に出会ってきたヤネは、自分もいつかやってみたいと言う。でも実際に旅に出ようとすれば、お金が僕よりもはるかに高い壁になるだろう。僕が少しばつの悪さを感じながら「何でそんな違いがあるんだろうね」と、言うと彼は「まあでもそういう違いが他の色々な違いを生みだしてそれが面白いんだよ」とあっさり言った。彼は常に物事のポジティブな面を捉える。僕はますます歯がゆい思いを感じた。
 翌日、出発する前に彼と待ち合わせをし、一緒に朝食を食べた。彼が日本で学んだり働いたりすることに興味があるようだったので、一緒にどんな選択肢があるかを調べてみると、ロボティクスに興味を持つ彼に、狭い門ではあるけれども魅力的な選択肢があることが分かった。そんな訳で彼は近い将来、日本に来ることになるかもしれない。お昼過ぎまでヤネと色々な話をした後、彼と別れ、僕はギリシャ国境に向かって出発した。

ヤネ
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75日目の走行距離約38km(ロカ岬からの走行距離4592km)
76日目の走行距離約73km(ロカ岬からの走行距離4665km)

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さんふぃ

Author:さんふぃ
ポルトガルロカ岬から、日本に向かって主に自転車で旅行中です。

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