旅の現象学

2012年から2013年にかけてのユーラシア大陸自転車旅行の記録です。

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ドゥブロブニクに着いた翌日は一日、町を散策した。ドゥブロブニクは町の中を歩いていてもそんなに面白くは感じなかったのだけど(どうも最近ヨーロッパの町がお腹いっぱいになってきた気がする)、町をとり囲む城壁や丘の上から俯瞰すると、ぎゅっとコンパクトに集まった赤い屋根達がアドリア海に映えてとても見応えがあった。

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旧市街の一角。歴史のあるヨーロッパの町はそれぞれの個性もあるのだけど、共通する部分も多くて、その共通する部分に少し飽きてきた気がする今日この頃。飽きてきたというのはあくまで旅行者の視点で、生活する分にはまた違うと思うけど。
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 翌日、モンテネグロに向かって出発した。ドゥブロブニクからどのルートを通ってギリシャに抜けるかは、しばらく前から悩みの種だった。考えられるルートは二つあって、一つはモンテネグロ、アルバニア、マケドニアを経由するルートで、もう一方はモンテネグロ、コソボ、マケドニアを経由するルート。どちらのルートにも心配の種がある。一つ目のルートに関してはアルバニアの治安と道路状況。この国に関してこれまであまりいい話を聞いてこなかったし、ネットで調べてみても出てくる情報はほとんどネガティブ。wikipediaで読んだ最近の国の歴史は苦笑いせずにはいられないものだったし(1980年代まで鎖国状態だったとか、市場経済に移行した直後に国民の半分がネズミ講にはまり最終的に国民の三分の一が全財産を失ったとか、国民皆兵政策で出回った武器がまだ大量に残ったままだとか)、いくつか読んだ旅行者の話もポジティブなものは一つもなかった。しかもこれといった見所もないようだからモチベーションが上がらない。
 一方で、二つ目のルートはモンテネグロの最高地点が1800mになる道を通らなければいけなくて、この季節に僕の装備でその道を通るのは結構危なく思えた。僕は悩んだ末にモンテネグロ、アルバニア、マケドニアを経由する道を選んだ。最後の一押しになったのはスプリトでフィリップがアルバニアをエキサイティングな国だよ、とおすすめしてたからなのだけど(アルバニアをポジティブに語っていたのはこれまでで彼だけだ)、その彼は、アップダウンにかなり苦しめられたスプリトからドゥブロブニクの道を平らだと言っていた人物だから、どうにも微妙な一押しだ。

去り際、丘の上から見たドゥブロブニク。
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モンテネグロの国境近くからこんな森をよく目にするようになった。ちなみにモンテネグロという国名は黒い山という意味らしい。
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この日はモンテネグロの中では有数の観光地であるブドヴァという海辺の町に泊まった。クロアチアの観光地と比べるとどこかひなびていて何となく熱海を彷彿とさせる町だった。そしてモンテネグロに入って一気に物価が下がった。

この日の夕食。これまでの国では3~4.5ユーロだったケバブが一気に2ユーロに下がった。
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次の日、予定ではアルバニアに入り、シュコダルと言う町まで進むつもりだったのだけど、アルバニア国境まで30km程のバールと言う町に着いた時点で空が既に暗くなり始めており(困ったことに最近は四時頃には暗くなり始める)、アルバニア国境付近の道はかなりラフだという話を聞いていたので、結局この町に泊まっていくことにした。この日泊まった宿の主人の英語が堪能だったので、アルバニアの情報を色々と訊き、道沿いの宿の状況など、いくつか安心できる情報を得ることが出来た。

ブドヴァからバールに向かう海岸線の道で見かけたかわいらしい島。
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70日目の走行距離約93km(ロカ岬からの走行距離4263km)。
71日目の走行距離約42km(ロカ岬からの走行距離4305km)。
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さんふぃ

Author:さんふぃ
ポルトガルロカ岬から、日本に向かって主に自転車で旅行中です。

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