旅の現象学

2012年から2013年にかけてのユーラシア大陸自転車旅行の記録です。

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 エズ村は五年前にヨーロッパを旅行した際、とても気にいった場所の一つだった。つづら折りの急な坂道を上り終え、広い道に出ると、遠くの崖の上にエズ村が見えてくる。
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もう一度見たかったこの村の熱帯植物園からの眺め。やっぱり素晴らしかった。
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エズ村を出ると、モナコまではずっと下りが続く。モナコの街並みをざっくり見物した後、イタリア国境を目指す。
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イタリア国境。
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 今まで三つの国境(モナコは除く)を超えてきたけど、やはり国境を超えると街並みががらっと変わる。五年前のヨーロッパ旅行では国と国の違いを今ほど感じられなかった。自転車で国毎の大小様々な街を通ってきているから、初めて感じられている違いなのだと思う。

 目的の街が近くなってきた頃、今晩泊まる場所の鍵を七時まで取りにいかないと行けないので、ステファノはスピードを上げた。僕もかなりがんばってこいだのだけど、街の中心に差し掛かった頃、ついに見失ってしまった。はぐれた際の待ち合わせ場所に決めていたダンテ広場をGoogleマップで検索し、そこに向かったのだけど、待てども待てどもステファノは現れない。そもそも広場に来たはずなのに僕がいる場所は道の真ん中だった。豪雨の中、公衆電話を探し、祈るような気持ちでステファノに電話する。まだメールアドレスもfacebookアカウントも交換してなかったからこれで電話に出なかったら打つ手がない。幸いステファノは三コールほどで電話に出た。今いる場所を説明すると彼はそこで待ってるように言った。約十五分後、ステファノは雨でびしょびしょになって現れた。「どこに来てるんだよ。全然ちがう方向じゃないか」大笑いして彼は言った。それから一緒にダンテ広場お通ってアパートに向かう。そこはステファノとはぐれた場所から目と鼻の先の街の中心地だった。どうやらGoogleマップに一杯食わされていたらしい。

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 こぎれいなアパートの一室に自転車や荷物を詰め込むと、近くのピッツァリアに出かけ、ビールを飲みピザを食べた。ピザは本当においしかった。会計の際、ステファノはここは自分が出すと言ってひかない。それで僕は「日本に来たら寿司をおごるよ」と言ってごちそうしてもらった。アパートに戻り、シャワーを浴びベッドに入ると、すぐに深い眠りが訪れた。盛りだくさんな一日だった上に、前日は例のいびきのせいで全然寝れていなかったのだ。

 翌日、十時頃に目覚めた。この日の僕の予定はこれまでの旅路で度々出会っているフランス人自転車旅行者のアレックスとオーレリアン次第だった。彼らはジェノヴァから南下し、ピサやフィレンツェを通ってローマに向かい、僕はジェノヴァ以降もそのまま西に進んでイタリアを抜けるので、おそらくジェノヴァがこの旅で彼らに会える最後の場所になる。それで何とかその前に会えればと思っていた。ところがアレックスに電話してみると、ちょっとしたトラブルがあったようで彼らはまだエクス=アン=プロヴァンスにいるらしい。エクス=アン=プロヴァンスからここまではおそらく5日はかかる。ビザや寒くなってくる気候のことを考えるとそこまで待つことは厳しいので諦めざるをえなかった。電話の切り際、僕が「See you in somewhere in the world」と言うと、アレックスは「See you in Japan」と応えた。そうなればいいと思う。

 アレックスとオーレリアンに会えないのだったら、なるべく早く西に進みたかった。そのことをステファノに伝えると、彼は「俺もジェノヴァに行くよ」と言った。僕は驚いた。当初ステファノはここから北上し、トリノの実家を目指す予定だった。ジェノヴァに寄ると約100kmの回り道だ。僕が「本当にいいの」と訊くと、彼は「ジェノヴァは好きな街だから」と答えた。彼ともう一日走れるのはとてもうれしかった。

 インペリアの街を出発する頃にはもう12時を回っていた。ジェノヴァまでの距離は120km。おそらく僕一人だったら途中でキャンプをすることになってたと思う。でもステファノは今日中に行こう、と言う。まあホステルのチェックインはは23時までだから、それにまでに着けばいいだろうと思っていたら、更に彼は「夜のジェノヴァは道路が混んでて危ないから暗くなる七時半前までに着こう」と言った。普段の僕からしたら相当なオーバーペースで、かなり厳しく思えた。僕は苦笑して「ベストを尽くすよ」と答えた。

 この日僕等が走った道はリグーリア海岸。透き通った海。波しぶきに煙る道。変化に富んだ海岸線。最高に気持ちが良かった。景色がエネルギーをくれるのか、普段の僕のペースと比べるとかなり早いペースで走っていくステファノに着いていくのが苦にならない。
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 驚いたことに目標にしていた七時半頃に、ジェノヴァの街の端に着いていた。心地よい疲れと達成感を感じながら、「やれば出来るもんだね」みたいなことを言っていたら、最後に試練が待っていた。ホステルの主人の話しによると最後の2kmが上り道とのことだったのだけど、2kmを過ぎた後も上れども上れども坂が続く(あとで地図を確認してみたら道を間違えていた)。ステファノが通りすがりのイタリア人に道を訊く。僕が「もうすぐだって?」と訊くと「上って上ってもう上らなくいいかなというところでもう数回上ったらそこがホステルだってさ」と彼は答えた。ホステルに着いたときは二人で歓声を上げた。自転車から降りると足が他人の足のようだった。

 出前のピザをとり、かぶりついた。日本にいるときだったら二日連続のピザは遠慮したいとこだけど(ちなみに昼もピザのようなフォッカチアだった)、疲労と空腹がスパイスになって文句なしに美味しかった。
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 翌朝、ステファノはトリノを目指して旅立った。一緒にいたのがたった二日間だったのが信じられないほど、彼には親しみを感じていた。別れ際、彼もまた「See you in Japan」と言った。ずいぶん昔に感じた記憶がある懐かしい寂しさを感じた。来てくれたらめいっぱいもてなそうと思う。
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部屋に戻るとイタリア国旗とメッセージが置いてあった。僕はこういう最後のひと押しに本当に弱い。
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47日目の走行距離約97km(ロカ岬からの走行距離2699km)。
48日目の走行距離約133km←新記録!(ロカ岬からの走行距離2832km)。
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さんふぃ

Author:さんふぃ
ポルトガルロカ岬から、日本に向かって主に自転車で旅行中です。

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