旅の現象学

2012年から2013年にかけてのユーラシア大陸自転車旅行の記録です。

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バルセロナからフランス国境までは200kmくらい。初めの50kmほどは海岸沿いを走り、その後、ピレネー山脈を目指し北上する。

国境まで60kmほどのジローナと言う街の風景。カタルーニャ地方独特の黄色い建物が目立つ。
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最後の坂を登ると、何やら検問所のようなものが見えてきた。
ポルトガルとスペインの国境は標識があってアスファルトが変わっただけだったのに。
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進んでみるともぬけの殻。昔の建物がそのまま残っているだけだった。
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ちょうど丸一カ月間旅したスペインに別れを告げ、フランスに入る。
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33日目の走行距離約51km(ロカ岬からの走行距離1862km)。
34日目の走行距離約104km(ロカ岬からの走行距離1966km)。
35日目の走行距離約62km(ロカ岬からの走行距離2028km)。
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バルセロナ、歩けば歩くほどに新しい魅力が見つかるので、予定よりだいぶ長い五日間も滞在してしまった。
二日目にこれからバルセロナを発とうとしているスペイン国境近くで出会ったフランス人自転車旅行者のアレックスとオーレリアンにばったり出くわし、フランスで追いつくよと伝えたのだけど、果たして追いつけるのか。
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街の中心カタルーニャ広場の噴水。
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バルセロナと言えばガウディの作品群。僕は基本的に建物に関して感性が開かれてない人間だと思っていたのだけど、ガウディは別だった。ガウディの作品にはこちらから意味をつかみ取ろうとしなくても、向こうから語りかけてくる感じがあり、自然に心に入ってくる。

サグラダファミリア。有名な生誕の門。ディテールがすごく、ずっと見ていても飽きない。
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生誕の門の反対側の受難の門。キリストの受難までの各場面が彫られている。生誕の門とは対照的に、装飾を排した直線的なデザイン。ずんと迫ってくるものがある。
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天井がすごく高い。なのに有機的なデザインのおかげか、他の教会で感じるような圧迫感がない。
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グエル公園。入口付近の階段は有名なトカゲのモニュメントがあるので人でごった返している。
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公園内の回廊。自然に何の違和感もなく溶け込む。ガウディの作品に触れたことで、以前よりも自然の美しさに対しての感性が開かれた気がする。
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グエル公園は丘になっているからバルセロナの市街を見渡せる。向こう側の丘の上に光っているのはサグラダファミリアではないです。バルセロナに到着したのは夜だったのだけど、遠くの丘で光るこれをサグラダファミリアだと思って、なかなか近づかないことにやきもきした。
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他にも市内にガウディの作品が点在していてそれらもいい感じなのだけど、それ以外にも歩いているとちょくちょく面白い建物に出くわすので、散歩がとても楽しい。
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そしてここでも子供は夜遅くまで駆け回る。
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 日が傾き始めた頃、二日ぶりに地中海に出たので自転車を止めて写真を撮っていると、若い男性が道の向こう側から手を振ってこちらに駆け寄ってきた。初めスペイン語で話しかけてきたのだけど、僕がうまく返答できないでいるとネイティブの英語で話し始めた。マットというその男性はアメリカ出身で今年の五月まで約二年間、南北アメリカ大陸を自転車で旅行していたらしい。

「向こうに自転車用のいい道があるのにこんな道を走ってるからこれは声かけなきゃと思ってさ。俺、ここのアパートに住んでるからもし良かったら泊まってきなよ。あったかいシャワーもインターネットもあるし、夕飯もたっぷり作るよ」

 まだ充分に走る時間も体力も残っていたから僕は迷ったけど、少し考えた末に彼の好意に甘えることにした。これが旅の初めだったら、僕は色々なことを秤にかけたうえで最終的には進むことを選んでいたと思う。グラナダのサイード達をはじめ、これまでの旅の間に見知らぬ人から親切を受けることが何度かあった。そのおかげで僕は前よりも素直に人の好意を受け入れられるようになった気がする。
 
 月300ユーロで借りているというアパートの一室に入ると、その広さにびっくりした。ベットルームが二つ、大きなダイニングとキッチン、それにバーベキューパーティーが出来そうな大きさの海を望むテラスが付いている。オフシーズンだからこの価格で借りられてるとのことだけど、まだまだ全然泳げる気温で、むしろ一番過ごしやすい時期なくらいなのに月300ユーロは破格だ。マットはベッドルーム一室を丸々借してくれた。ベッドが二つ並んでいてシーツも新しく、本当にホテルみたいだった。

「キッチンはここ。冷蔵庫の中のものは遠慮しないで自由に使ってくれ。牛乳、オレンジジュース、ビール…」
「シャワーはここ。石鹸とシャンプーはここね」
「洗濯ものがあればこのシンクでやってくれ。ごめん、洗濯機はないんだ」

シンクを借りて溜まっていた洗濯物を終えて部屋に戻ると、こんなものが置いてあった。至れり尽くせりなのだけど、押しつけがましさは全く感じない。彼は本当に楽しそうに色々なものをくれるのだ。
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夕飯はマットのガールフレンドのギャビーと一緒に、マットのキャンプ仕込みの野菜たっぷりのパスタをたらふく食べた。
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マットとギャビーと三人で撮った写真。ギャビーも本当にいい人だった。マットは自転車旅行中にペルーで彼女と出会ったらしい。
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 食後も夜遅くまでテラスでビールを飲みながら、マットの自転車旅行の話を聞いていた。とめどなく話が溢れだしてくる。標高4,000mを超えるアンデスの道。70kmも続く下り坂。自然の温泉につかりながら見たという朝を迎えて一斉に首をもたげるフラミンゴの群れ。どれも本当に魅力的な話だったけど、僕が一番印象に残っているのが彼が旅の間に出会った見知らぬ人達から受けた数々の親切の話だ。

「庭にテントはらせてくれって頼むだろ、そうすると最初はちょっと疑っていてしぶしぶ承知するんだ。でもテントのポールとか組み立ててるとさ、ドアからちらちら覗いてくるんだよ。それでコーヒー飲むかって訊いてくる。次は中に入ってメシを食えっていう。で、朝起きると、洗濯して折りたたんだ俺の服を持ってテントの入り口に子供が座ってるんだ」

「メキシコのどっかの町で今日はどこに泊まろうかと道に座って考えてたんだよ。そうしたら一人また一人と人が集まって人だかりが出来たんだ。ビジネスマン、若いカップル、路上で果物を売ってる人、それに娼婦みたいな人もいた。で皆、俺にお金や食べ物を渡そうとするんだ。俺は必死に断ってたんだけど、一人の男なんて自転車のバッグの中に無理やり20ドルを入れて走り去ってったよ」 

「ある家の庭に泊まったとき、おばさんが俺のズボンが破れているのを見つけて、直してやるっていうんだ。で俺はズボンを脱いで彼女に渡した。すごく手際よく縫ってそれを返してくれたんだけど、次は俺の破れたパンツにあごをくいっと向けてくる。何日か洗ってない汚いパンツだぜ。俺はノーと言ったんだけど、彼女は構わずにあごをくいっと向けてくる。俺はあきらめてテントで着替えてその下着を渡したよ。あれはちょっと恥ずかしかったな」

 そういう話をするマットは自分の宝物のことを話す子供のように輝いていた。そんな彼を見ていて僕は、彼が旅の間に様々な人からもらってきたものをこうして今、僕にくれているのだと感じた。そして僕もこうしてマットからもらっているものをいつか誰かにあげたいと思った。それは義務という感覚では全くない。ただそうしたいのだ。本当にプラスのものは誰かにあげずにいられないのだと僕はこの旅で初めて知った気がする。

「好きなだけ泊まってっていいんだぜ。たまに進むのをやめてゆっくりどこかに留まりたくなるのはよく分かるから」翌日、出発の準備をしているとマットがやってきて言った。本当にうれしかったし、もっと色々な話を聞きたいとも思ったけど「出発するよ」と僕は言った。彼はしばらくしたらギャビーと一緒にまた旅に出るらしい。どこかでまた出会うと何故か信じられる。

別れ際にマットと撮った写真。
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 前々回の虹のエントリと被ることだけど、この出会いも僕には奇跡のように感じられる。僕がその時間にその道を通らなかったら、写真を撮るために立ち止まらなかったら、僕は彼らと出会わなかっただろう。でも奇跡というのは誰にでも現れるものなのだとも思う。それぞれの人がそれぞれの道で奇跡に出会う。旅をしているとその奇跡は分かりやすく現れる。でも旅を終えても僕は、自分次第で奇跡に巡り合うことが出来る気がする。旅を終えても旅をするように生きたいと僕は思う。

マットに声をかけられたとき、こんな写真を撮ってました。大した写真じゃないんだな、これが。
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マットと別れた後は彼に教えてもらった自転車道をしばらく走った。海を見下ろす高台の道で、ところどころ古いトンネルや灯台があり、とても気持ちのいい道だった。
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その後の3日間は順調に走り、28日目にバルセロナに到着した。

26日目の一枚。
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27日目の一枚。
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25日目の走行距離約65km(ロカ岬からの走行距離1438km)。
26日目の走行距離約70km(ロカ岬からの走行距離1508km)。
27日目の走行距離約126km(ロカ岬からの走行距離1634km)。
28日目の走行距離約120km(ロカ岬からの走行距離1754km)。
カウデテを出てバレンシアに向かう。この日のうちにバレンシアに着きたいと思っていたのだけど、Googleマップがところどころ小ネタを挟んできて思うように進まない。

基本的に舗装路が続くのだけど、ときどきこんな区間が現れる。
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結局この日は、バレンシアまで30kmほどのアルヘメシという町に泊まった。

翌日はお昼過ぎにバレンシアに着き、街を周った。バレンシアはグラナダのアルハンブラ宮殿、バルセロナのサグラダファミリアのような目立ったランドマークはないのだけど、緑が多い住みやすそうな街だった。
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闘牛場。
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街の中心から少し離れたところに芸術科学都市という近未来的な建築物が集まった区間がある。現代建築が好きな人は歩いていて楽しい区間だと思う。ヨーロッパ最大級の水族館などの施設がこの中に含まれている。
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ライトアップされた芸術科学都市。
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街の中心を半円を描くように大きな公園が囲んでいて、夕方から夜にかけてランニングをしている人が本当に多い。日本の皇居ランみたいな感じか。
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翌日は中央市場で腹ごしらえと食料の調達をして、午後遅くに出発した。
バレンシアの中央市場は大きな建物の中にある。軒下にぶら下げられた様々なハム、色とりどりのフルーツ、日本ではあまりみかけない魚介類など見ていてあきない。
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市場で食べたイカ墨のパエリア。バレンシアはパエリア発祥の地。久しぶりにお米を食べた。美味しかったです。
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この日はバレンシアから北へ30kmほどのサグントという街まで進んだ。

22日目の走行距離約98km(ロカ岬からの走行距離1275km)。
23日目の走行距離約65km(ロカ岬からの走行距離1340km)。
24日目の走行距離約33km(ロカ岬からの走行距離1373km)。
 朝、目を覚ますと、どこか懐かしさを感じる音のカーテンに包まれていた。少し時間が経った後、半分眠ったままの頭がその音の正体に思い当たると、ベットから抜け出し、カーテンを開けた。本格的な雨が降っていた。これまでずっとかんかん照りの日が続いていたので、この国で雨が降るという可能性が頭からすっぽり抜け落ちていた。お昼過ぎまで待ってみたけど、降りやむ気配が無かったので、この日は進むことを諦めて、溜まっていた洗濯物や、ブログの更新を片づけることにした。

 次の日も雨は結構な勢いで降り続いたけど、さすがにもう一日特にすることのないウェスカルに留まる気はしなかった。途中で雨脚が弱まることを期待して僕は出発した。日本でちょっとした雨なら傘もささずカッパも着ずに自転車に乗ってきた僕は、父親から借りた登山用の本格的なレインウェアを着てゆっくり進めば問題ないだろうと考えていた。
 時間が経つにつれ、その考えの甘さに気付いていく。長時間雨の中にいるのは短時間雨の中にいるのと全然違う。雨はゆっくりと体力を奪う。一向に止む気配もなく、雨は風と共に強くなり、しまいには遠くで雷まで鳴りだす。ウェスカルから30kmほど離れた町のバルに入る頃には、レインウェアの首元から入り込んだ雨でTシャツはぐっしょり、靴下も上からかぶせたスーパーの袋などほとんど意味をなさずびしょぬれになっていた。
 このままこの町に泊まりたいとも思ったけど、ここ数日、思うように距離を進めていなかったので今日こそはと思いバルを出た。幸いそれ以降は雨のピークも過ぎ、道も下り坂や平坦な道が続き、順調に進むことが出来た。そして町に入る直前、空からの大きな労いが待っていた。
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虹の向こう側。僕は昔カカシ役でした。
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 一枚目の写真の山と自分との間の野原に、僕は生まれて初めて虹の始まりを見た。虹がはっきり見えていたのはたぶん10分くらいだと思う。僕は素晴らしい場所でこの虹を見れた訳だけど、考えてみるとそれはいくつもの偶然の積み重ねによるものだった。写真の様に展望が開けてる区間は1kmもなかった。そして僕は自転車で1kmを、4分くらいで走る。虹が見えていた10分間とこの4分間が重ならなかったら僕はこの風景に巡り合えなかったということになる。あの時、休憩を取らなかったら、あの時、道を間違えていなかったら(僕はこの日、一度道を間違えて15分ほど違う道を走っていた)僕はこの風景に巡り合えなかった。そう考えると、この景色を目にしていることが奇跡のようにも感じられた。ペダルを回す足に力が入る。しかし少し進むとまた違う可能性に思い至った。虹はとても大きかった。僕が見たのとは違う場所で、同じようにこの時この場所でこの風景を見られたのは奇跡だと感じている人が何人もいるんじゃないか。ペダルを回す足にもっと力が入った。

 次の日は雨も降らず、道も平坦でとても走りやすかった。ただ一つ日が沈む時間が早くなっていることだけが想定外だった。スペインに入ったばかりの頃は9時過ぎまで明るかったのに、今はもう8時を過ぎると暗くなる。8時を過ぎた頃、目的の町までの距離は17kmだった。それくらいなら問題ないだろうと思っていたのだけど、ここにきてこの日一番の上り坂が続く。この日の走行距離は既に100kmを超えていて、ただでさえ体力的に厳しいのに、夜の峠道の肌寒さが追い打ちをかけてくる。頭をよぎる味噌ラーメン。迫るホームシックの影。何とか町に着く頃には、肉体的にも精神的にもかなり消耗していた。バレンシアに着いたらちょっと奮発して美味しいごはんを食べようと思った。

この日の道。
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20日目の走行距離約97km(ロカ岬からの距離1057km)。
21日目の走行距離約120km(ロカ岬からの距離1177km)。

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さんふぃ

Author:さんふぃ
ポルトガルロカ岬から、日本に向かって主に自転車で旅行中です。

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