旅の現象学

2012年から2013年にかけてのユーラシア大陸自転車旅行の記録です。

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 フエ、観光名所にはあまり魅力を感じなかったけど、おいしそうなご当地フードがたくさんあり、安く快適に泊まれる宿もあるので、時間があればゆっくりしていきたかったのだけど、着いた翌朝、ちょっと歩いて午前中には出発した。翌日の夜にダナンからソウルに飛ぶので、自転車の梱包とかを考えるとこの日のうちに約100km先のダナンに着くのが必須に思えたからだ。

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出発。小さな丘はあるけど割と走りやすい道が続く。
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道中の写真何枚か。
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 さてダナンの手前には、ハイヴァン峠というベトナムの気候を南北に分ける峠がある。標高こそ500m弱と大したことないものの、ベトナム戦争でも重要な軍事拠点だった交通の難所として知られている峠らしい。しかし地図を見るとその峠を突っ切る長いトンネルがある。それで前日にそのトンネルを自転車で通れないかネットで調べたところ、数年前に自転車が通れるようになったという情報が出てきた。峠を登るのも面白そうなのだけど、その場合フエでなにもしないまま早い時間に出発しないといけなくなるから、トンネルを通れるというのは朗報だった。それでそのトンネルを通る前提で、フエをそんなに早い時間には出発しなかったのだけど、これが罠だった。

 日が落ちて辺りが大分暗くなった頃、そのトンネルの手前に着いた。しかし警備の人がここから先は自転車では進めないから引き返せと言う。確かに近くには自転車禁止の標識が立っていた。説得しようとしたのだけど全然無理そう。なぜだろうと思い、近くの野良wifiを拾って調べなおしてようやく状況が分かった。自転車が通れるようになったというのは、運航しているトラックに自転車を載せて通過出来るようになったという意味だったのだ。そのトラックの運行はその日はもう終わってたし、そもそも運航していたとしても、自転車乗りとしては乗りたくない。

 さてどうしよう、完全に夜になった今から峠を登るか、それともここで夜を越すか。普段だったら即決で後者を選ぶのだけど、翌日のフライトを考えるとこの日の内にダナンに着けないのは厳しい。迷っていると天からお告げがあった。何と後輪がパンクしていたのだ。それで完全にあきらめて近くの宿で一泊することにした。

 翌朝、早起きして峠に向かう。パンクはあらかじめ直しておいた。時間もないし、もしかしたらユーラシア大陸最後の峠らしい峠かもしれないということで、登りだす前に自転車を一度も止まらずに登りきろうと決心する。

景気づけにレッドブル。原産地がタイだからなのか、東南アジアではやたら安い。一本50円位で買えたりする。
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峠の入り口近くでは道路工事中のいい感じのおじさん達に呼び止められ水をもらった。
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止まらずに登ろうと決心したのだけど…登り始めの景色がすごくよかったので写真を撮るために止まった。これはノーカウント。
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 以降はずっと止まらずにペダルを回し続けた。最近かなりマイペースに走っていたのでがんばって走るのはだいぶ久しぶりだった。きついけど体の底の方からふだんは眠っているエネルギーを引き出して使うのはやっぱり気持ちがいい。これはネパールの山道とかでも感じていたことなのだけど、自分が自分が思っているよりもがんばれるのをこの旅を通して学んだようで、先に先に続く坂道を想像しても、まあいけるだろうと以前よりも気楽に構えられるようになっている。これもこの旅を通して得た大きな収穫の一つだと思う。

一時間半位で最高点に到着。ちなみに頂上にはおみやげ屋さんが並んでいて、おばちゃん達が必死におみやげや飲み物を売りつけてきた。こういう商売っ気の強さは東南アジアの中ではベトナムが随一だと思う。
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峠を下ってしばらく走り、午後ダナンに着く。ベトナムの街は本当にバイクが多い。
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 まずは自転車を飛行機で運ぶ手はずを整えなければならない。空港で何とか出来ないかと甘いことを考え、直接空港に行くも自転車は建物内には入れられないと、警備の人ににべもなく追い返され、いつも通り自転車を入れる箱を手に入れるために自転車屋を探して走り回る。二件目に見つけた自転車屋の人達が英語は全然通じないけどきさくな人達で、何とか箱が必要なことを伝えて譲ってもらえることになった。その場で箱に詰めてしまいたかったので、ここで梱包していいかと尋ねたのだけど、通じないのでおずおずとそのまま作業を始めると、皆が手伝ってくれ梱包はすぐに終わった。料金を訊くと最初に箱の値段として聞いていた1ドルのみ。色々手伝ってもらってかなり助かったので、僕がもう少し払おうとしても受け取ってくれない。やっぱり旅行者相手の商人と普通の人達はだいぶ違う。

自転車屋の人達。
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 そのまま自転車屋で呼んでもらったタクシーで空港に向かい、着いたのは大体18時。23時20分のフライトまでは大分余裕があった。結局旅の間、何とか出来るのかなと不安になったことで何とか出来なかったことはほとんどなかった。どうやらそういうものらしい。

244日目の走行距離約76km(ロカ岬からの走行距離11732km)
245日目の走行距離約38km(ロカ岬からの走行距離11770km)
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朝、ベトナム国境を越える。これがこの旅最後の陸路国境だと思うといつもより少し感慨深い。
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 さてベトナム人はがめついというのは旅人の中では有名な話なのだけど、僕もすぐに洗礼を受けた。国境を越えると待ち構えていたように両替商のおばちゃん達が寄ってきた。僕は基本的に新しい通貨はATMのキャッシングで手に入れるから、普段は両替商のお世話にはならないのだけど、この時は持ち越していたタイのバーツを両替したかったので、試しにレートを訊いてみた。しかし返ってきたレートは相場の三分の二のぼったくりレート。話にならないからその場を後にして、銀行を探しに行った。途中さっきのおばちゃん達とは別の両替商が声をかけてきたので、レートを訊くもやっぱりさっきと同じぼったくりレート。僕が銀行かATMに行くと言うと、彼女はこの先には両方ないと言う。街の規模からしてそんなはずはないと思って、彼女から逃げ数百メートル走ると、やっぱり両方あった。

 しかし見つけた銀行ではタイバーツの両替が出来なかったので、再度国境付近に戻り、警備員にこの辺りに両替出来る銀行がないかと尋ねていると、さっきとは別の両替商のおばちゃん集団がやってきた。警備員もこの人達が両替出来るよ、と話を切り上げてしまったので、仕方なくそのおばちゃん達と交渉することにした。最初に提示されたレートはやっぱりぼったくりレートだったのだけど、現在の正しいレートを示してこのレートに近くないと両替しないと交渉を続けて、何とか納得出来るレートになった。しかしここからが更にひどかった。おばちゃんが渡そうとする紙幣をよく見るとゼロが一つ足りない。僕がそのことを英語やジェスチャーで伝えてもそのおばちゃんは何が問題なのか全く分からないとでもいうように、困ったような笑顔を浮かべている。いくら伝えても、ずっとそんな感じだったから、僕がデノミかなんかでゼロが一つ少ないのは正しいのかもしれないと思い始めた頃、隣の別のおばちゃんが正しいゼロの数の紙幣を僕に見せた。やっぱりと思い、僕はゼロの少ない紙幣を渡そうとしたおばちゃんに「うそつき」と言って、隣のおばちゃんに両替をしてもらったのだけど、その間もゼロの少ない紙幣を渡そうとしたおばちゃんは隣で悪びれることなく笑っていた。ちなみに友達のお母さんとして登場しても違和感がないような普通のおばちゃんだ。

 実害はなかったとはいえ、さすがに十分の一の金額に両替されそうになったのは腹が立ったけど、まあいい話の種にはなったと思うことにして、気を取り直して走り出す。

国境からしばらくは熱帯らしい緑の深い道が続く。むわっとする植物の匂いを感じながら走った。
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ラオス程ではないけど、ベトナムでもよく子供達が笑顔で手を振ってくれた。こういう笑顔に何度か出会う頃、ベトナムの人に対する最初のマイナスの印象は消えていた。
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 この日の内に、あわよくば約160km先のフエという街に着きたい、と思っていたのだけど、アップダウンが多く思ったように進まず、100km位で走行を終え、フエには翌日向かうことにした。

翌日、フエに向かって走る。フエまでの残りの道のりは平坦な道が続く。
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途中、豪雨にあって市場に避難。
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午後、フエに到着する。フエは世界遺産に登録されている建物群がある古都で、中部ベトナム観光の目玉的な場所。着いてまずこの街一番の観光スポット、王宮に向かう。
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 ところがここが自分にとってはっとするほど興味をひかれない場所で、歩きながらどうしてこんなに興味をひかれないのか考えるのが一番楽しかったりする場所だった。もともと歴史的建造物にはあまり食指が動かない方だけど、今回は本当に何一つすごいと思ったりすることがなく、ひたすら義務的に建物を見ていた。

王宮を出て宿に向かう頃には日が暮れかけていて、フエ旧市街と新市街を隔てるフォン川の眺めが素晴らしかった。その景色はすっと自分に染み込んでくる。まあ何と言うか自分の好みを再認識した。
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242日目の走行距離約100km(ロカ岬からの走行距離11594km)
243日目の走行距離約64km(ロカ岬からの走行距離11658km)

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さんふぃ

Author:さんふぃ
ポルトガルロカ岬から、日本に向かって主に自転車で旅行中です。

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