旅の現象学

2012年から2013年にかけてのユーラシア大陸自転車旅行の記録です。

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 ラオス国境があるナコンパノムに着いた翌朝、目を覚ますと激しい雨が降っていて雷も鳴っていた。午前中いっぱい待ってみたのだけど結局収まらなかったので、仕方なくナコンパノムにもう一泊することにした。どうやら東南アジアは雨期に差し掛かっているらしい。

 宿で今後のルートについて改めて考えてみた。三月に今後のルートについて書いた時点では、東南アジアから中国に抜け、中国を電車で走って韓国行きのフェリーが出ている港を目指すつもりだったのだけど、実はちょっと前に中国は通らずに飛行機で韓国に飛ぶことに決めていた。理由は色々あるのだけど、中国を陸路で旅することにこだわらなくても納得の出来る形で旅を終わらせられると思ったことが大きい。それで特に何も考えず、中国に抜けるルート上の最後の国際空港がある都市、ベトナムのハノイを目指して走っていたのだけど、地図や航空便の状況を改めて確認していたら、ベトナム中部のダナンを目指す選択肢が浮かんできた。距離的にはどちらもほとんど変わらないのだけど、数日間の天気予報やルートの面白さを考えた末、ダナンに行くことにした。

 翌日、天気も問題なかったので出発。ナコンパノムの国境ではなく、そこからメコン川を南に100kmぐらい下ったムクダハンからラオスに入ることにしたから、もう一日だけタイを走る。

この区間は幹線道路じゃなく割とローカルな道を通った。生活感があってなかなか楽しかった。
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途中で見かけたタイ式寺院。
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夜、ラオスに渡る第三友好橋に到着。翌日ラオスに渡ることにして、近くの宿に泊まった。
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238日目の走行距離約112km(ロカ岬からの走行距離11235km)
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 アユタヤに着いた日の夕方と翌日の午前中は、街の中に点在している遺跡を見て回った。圧倒されるような感動はなかったけど、街も遺跡もそんなに人が多くなく落ち着いた雰囲気で、遺跡にふさわしいゆったりとした時間が流れていて、居心地が良かった。

遺跡の写真を何枚か。
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 さて、アユタヤから先については書くのがちょっと難しい。これを書いている今、僕はタイを走り終えて、ラオスの国境があるナコンパノムという街にいる。10日かけて大体700kmくらい走ったのだけど、客観的にみるとかなり淡々とした道のりだった。強く心を揺さぶる景色にも出会わなかったし、人ともそんなに関わらなかった。それはタイという国のせいではなく、単純に僕がそういうものを求めなくなったことに依るところが大きいと思う。

 どうして僕はそういうものを求めなくなったのか。旅に飽きたのかと言われるとちょっと違う気がする。飽きたというよりも、これまでの多くの出会いで既にお腹がいっぱいになったからという感じだ。風景や人との出会いがあれば僕は以前と変わらずその出会いを喜ぶだろう。でも自分からそれを求めようとはしない。そして自分から何かを求めない限り、タイの道はすごく淡々と走ることが出来る。タイの人達は基本的にあまり干渉してこない(外見が同じアジア人だからというのも大きな理由だと思う)。商売が日本と似たような形で洗練されているから、食事、宿泊、買い物など、生活に必要なコミュニケーションは、商売する人とお客さんという枠組みの中で済ませることが出来る。道はよく整備されていて、大きな道路から離れない限りは、走りやすいけど大きな変化に乏しい風景が続く。

道の風景を何枚か。
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南国らしい鮮やかな花をちょくちょく見かけた。
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屋台がたくさんあるから食事には困らない。タイのごはんはすごくおいしくてバリエーション豊かだった。それについて何も書けてないので、東南アジアを走り終えたら東南アジアのごはんについて一つ記事を書きたいと思う。
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 この淡々とした道のりがつまらなかったのかというと、実はそんなことはない。だいぶ前の記事にも書いたことだけど、僕は自転車をこいでいる時に、思考が流れていく風景にのってジャズのアドリブのように変化していくのが好きだ。そのアドリブは、心を揺さぶる風景や出来事があると、それが強い音になって、そこから中心に広がっていく。逆に外から揺さぶられることが少ないと、自分が既に持っている記憶がその中心になる。タイの道のりは正にそんな感じだった。そしてそれはこの旅をしっかりと終えるために、僕に必要なことだったと思う。

 そんな訳でアユタヤからラオス国境までの約700kmの道のりは、僕の記憶をメインプレイヤーとした、淡々とした道のりとのアドリブ演奏だった。こういう書き方をするとどうもかっこよすぎる感じがするけど、実際はそうでもなくて、走りながら考えていることの半分以上は全く建設的なことじゃなかったりする。例えば日本で毎週読んでいたまんがは今どうなっているんだろうとか、帰ってから行きたいラーメン屋の列挙だとか、それよりもっとくだらなくてかっこ悪くてここに書く気がしないこととか。でもそんなことを考えていたはずなのに、ふと、自分でもはっとするような考えが頭の中に生まれているのを見つけることがある。そんなとき僕は、通り過ぎていった意識にも留まらない何かが、小さな音になってそのきっかけを作っていったのだと思う。そんな風にして生まれた考えを一つだけ書く。

 旅を始めてたぶん三カ月を過ぎたあたりから、旅の最初の頃の風景、空気、出来毎などを少し遠いところにある思い出として思い出すようになった。その頃から僕はこの旅を旅行じゃなく旅と呼ぶことに違和感を感じなくなった。それ以降、時間を重ねるにつれ、思い出として思い出される風景、空気、出来毎は増えていった。

 この道のりでは、そんな風に旅の間のなんやかやを思い出すことが多かった。さっきも書いたように道のりが淡々としていて、意識が内に向きがちなこともあるし、単純に旅の終わりが近いからというのもあると思う。あるとき、ふとフランスのカルカソンヌの風景を思い出した。たぶんカルカソンヌの風景を思い出したのはそれが初めてだと思う。何がきっかけになったのかは分からない。それはきっと通り過ぎていった意識に留まらなかった小さな何かだ。カルカソンヌはどちらかというと思っていたよりも自分がその風景に心を動かされずに、少しがっかりした場所だった。でも思い出されたカルカソンヌの風景は、それを実際に見たときには感じなかった色合いを帯びていて、僕の心をちょっと予想できなかった形で揺り動かした。僕はその思い出がもたらした小さな波を感じながら、自転車をこぎ続け、そのことについて考える。スープみたいだと思う。カルカソンヌで見たもの、感じていたもの、あるいは感じてすらいなかったものが時間の経過と共に鍋の中で混ざり合う。更にはそれ以降に経験したなんやかやが隠し味になってそこに加わり、新しい味わいを持った記憶になる。僕は生きている限りそうやって色々なスープを作ってるんだ、そんなことを思う。そしてなんだか生きていくことの、小さな根拠を発見したような気分になる。
 
 こんな感じに自転車をこぎながら、旅やそれ以前の記憶が主題になってぽつぽつと色々な考えが生まれていく道のりだった。僕は旅の間に思い付いたことを忘れないようにメモするようにしているのだけど、この道のりではそれがとても多かった。さっきのスープの例えでいくと、この道のりを走りながら、旅の間に得た色々な材料をぐつぐつと鍋の中で煮込んでいたのだと思う。

 日本を目指す旅をしようと決めたときから、しっかりと自分がいた場所に帰る旅をしたいと思っていた。インド、ネパールと日本に近付いていくにつれ、その準備が自分の中で出来ているのかちょっと不安だった。でも今、タイを走り終えてそれが出来たような実感がある。

タイのゴール。タイとラオスを隔てるメコン川。
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227日目の走行距離約61km(ロカ岬からの走行距離10406km)
228日目の走行距離約54km(ロカ岬からの走行距離10460km)
229日目の走行距離約59km(ロカ岬からの走行距離10519km)
230日目の走行距離約94km(ロカ岬からの走行距離10613km)
231日目の走行距離約76km(ロカ岬からの走行距離10689km)
232日目の走行距離約122km(ロカ岬からの走行距離10811km)
233日目の走行距離約82km(ロカ岬からの走行距離10893km)
234日目の走行距離約83km(ロカ岬からの走行距離10975km)
235日目の走行距離約52km(ロカ岬からの走行距離11027km)
236日目の走行距離約96km(ロカ岬からの走行距離11123km)
 バンコクは想像していた以上に大都会だった。西洋の都市のように明確な中心がなく、広い範囲に様々な特色を持つエリアが広がっているところとか東京とかなり似ている。

 多くの日本人が住んでいるだけあって、バンコクには日本にあるものが大抵ある。伊勢丹や東急百貨店があり、その造りもエスカレーターを中心にした日本でなじみのもので、例のごとく最上階にはレストラン街がある。当然のようにそこには日本食のレストランもたくさん並んでいる。日本の本を専門に扱う本屋も各所にあって、発売されたばかりの村上春樹の新刊が平積みされていたりする。セブンイレブンやファミリーマートが日本より多いんじゃないかというくらいいたるところにあり、品揃えや陳列方法もほとんど日本と変らない感じで、つい少年ジャンプを探してしまいそうになるくらい。肉まんやおでんなんかも置いてある。

 たぶん旅の最初らへんに来たのであれば、普通に受け止めていたのだろうけど、日本と異なる文化圏の国々を通ってきた後だから、一気に日本に近づきすぎて半分くらい帰ってきたような気すらした。

大きなショッピングセンターやホテルなどが並ぶサヤームスクウェア周辺の景色。
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屋台や露店がずらーっと並ぶ光景はバンコク独特。
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チャオプラヤー川やそこから延びる運河が街の中に広がっているため、水上の交通が発達している。
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安宿や旅行者向けの施設が並ぶバックパッカーのメッカ、カオサン通り。僕もここに滞在していたのだけど、正直あんまり好きになれなかった。ポカラ、カトマンドゥ、そしてここと連続してこういうエリアに滞在したけど、どうも西洋人のバックパッカー達が作り出す空気が肌に合わないらしい。活気があるエリアだけど、その活気もどこか作られたもののような感じがして、どうにも馴染めなかった。
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有名な寺院もいくつか周ってみた。こちらは仏教国タイの護国寺、ワットプラケオ。
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すぐ近くのワットポーにある全長49メートルの寝釈迦仏。
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チャオプラヤー川の対岸にあるワットアルン。
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 バンコクについて四日目の夕方、カトマンドゥから数えて一週間ぶりに自転車に乗り、80km先のアユタヤに向かって走り出した。走らない日を重ねるにつれ、一日がするっと手元から逃げていくような焦燥感が強くなってきていた。自分がこの旅に求めているものは、どこかで何かを見ることじゃなくて移動することなんだなと再認識する。自分の体を自分の力で新しい場所に運んでいくことには、たとえそこに実際的な意味がなくても、何か具体的な手応えのようなものがある。焦燥感は日常でも度々感じていた。もうすぐ旅は終わるけど、日常でも自転車での移動に代わる何かを見つけられればと思う。

 バンコクの都市圏を抜けるまでの道沿いの雰囲気は何となく規模を大きくした八王子のような印象があった。都会だけど、個人的な商店や飲食店が沢山残っていて、景色に賑わいを与えている感じとか。建物も道路も街路樹もどこがどうとは具体的には言えないのだけど、すごく日本ぽくて海外を走っているという感じがあまりしなかった。
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道路沿いにはコンビニがたくさんある。
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コンビニに並んでいた日本だとクレームがきそうなネーミングのお茶。ちなみに後日飲んでみたのだけど、甘くて炭酸入りでお茶っぽさの全くないやくざなお茶だった。
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 その日は道沿いの安いホテルに泊まって、翌日、アユタヤまで走った。アユタヤまでの道のりには、日本の小型のイオンみたいなショッピングモールが何軒かあって、僕は見つける度に中に入った。四月のタイの暑さを凌ぐためというのもあるけど、何よりもそこが自分の家にいるみたいに落ち着く場所だったから。他の国でも度々ショッピングモールには入ったけど、そんな感覚はなかった。入っている店とか、歩いている人の感じとか、建物の造りとか、匂いとか色々なものが自分が馴染んでいたものと違っていたからだと思う。でもタイのショッピングモールは僕が日本で馴染んでいたショッピングモールだった。僕は、そこで目にする光景や、ぼんやりと漂っている匂いに自分の形のない記憶が染みついていることに驚いた。そして忘れていたとても懐かしいものと再会したような感慨を覚えた。

ショッピングモール。ミスドがある。
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 カトマンドゥやバンコクで何度か日本で食べるのとそん色のない日本食を食べた。久しぶりに食べる日本食は美味しかったけど、思っていたほどの感激はなかった。例えばそれは一カ月ぶりにラーメンを食べたり、寿司を食べたりするのとあまり変わらない。そこには再会の驚き、喜びみたいなものがなかった。でもそれについて考えたことや思い出したことなんて一度もなかったショッピングモールにはそれがあった。予期せぬものの中に故郷を発見した感じで嬉しかった。うさぎおいしかのショッピングモール。

 そんな訳でタイに入って距離的にも心的にもぐっと日本が近くなり、旅の終わりが近づいてきているのをこれまでに増して感じている。

225日目の走行距離約36km(ロカ岬からの走行距離10345km)
226日目の走行距離約61km(ロカ岬からの走行距離10406km)

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さんふぃ

Author:さんふぃ
ポルトガルロカ岬から、日本に向かって主に自転車で旅行中です。

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