旅の現象学

2012年から2013年にかけてのユーラシア大陸自転車旅行の記録です。

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 カトマンドゥでは近郊のナグルコットの丘からエベレストとか世界の屋根と呼ばれるヒマラヤの高い山々を眺めるのを楽しみにしていたのだけど、ここでも空模様に恵まれなかったので行かずに諦めた。結局、ヒマラヤの高い山々を見ないままネパール滞在は終わってしまった。

 でもカトマンドゥは今まで歩いてきた中で有数の散策が楽しい街だった。見所が多いし、街並みも独特。ちょっと傾いていたりするところどころに木が使われた味わいのある建物、観光スポットでも何でもない建物に凝らされているユニークな意匠、迷路みたいな小道の先に出くわす仏教やヒンドゥ教にまつわる大小さまざまなモニュメント。歩いていると面白いものがぽんぽん視界に飛び込んでくる。そんな訳で今回は写真メインでカトマンドゥの街を紹介します。

僕が泊まったのは世界でも有数の安宿街、タミル地区。安宿、旅行会社、おみやげ屋、各国のレストランなど、ツーリスト向けの施設が狭い区画にひしめいている。ポカラの同じような区画は街並み自体がツーリストのために作られているようであまり魅力を感じなかったのだけど、ここは元からある街並みにツーリスト向けの施設が溶け込んでいる感じで楽しかった。
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そこから南に進むと地元の人で賑わう商店や市場の区画に着く。首都だけあってとても活気がある。
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街で見かけた面白いものとか。
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更に南に進むとカトマンドゥ観光のハイライト的なチベット仏教の寺院が立ち並ぶダルバール広場。
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鳩がいっぱい。
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立ち止まって細部を見るのもとても面白い。見過ごしやすいところに色々面白いものがあったりするので、発見する楽しさに溢れた街だと思う。
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西側のカトマンドゥの街を見下ろす丘には、スワナンブヤードという仏塔がある。丘ではたくさんの猿が戯れているからモンキーテンプルとも呼ばれている。丘の上には急な階段を登っていく。
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階段の途中の小さな広場にあった仏像。
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塔に描かれている目は全てを見通すとされる仏陀の目。そういえばネパールに入ってから、道路脇にドライバーを監視するようにこの目の看板が立っているのをちょくちょく見た。
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塔の周りには108のマニ車という仏具が並んでいる。左回りに回転させると、回転させた数だけお経を唱えたことになるらしい。信心深い訳でもなんでもないのに僕も律儀に回してしまった。
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こちらはカトマンドゥの中心からは少し離れたところにある、世界遺産にも登録されているボダナートというネパール最大の仏塔。
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チベット仏教の経文が記された旗が無数に吊るされている。
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 さて、ここから先、ミャンマーもしくはチベットを越えるために飛行機に乗らなければならない。少し前に今後のルートについての記事で書いたように、バンコクに飛ぶか成都に飛ぶかで迷っていたのだけど、結局バンコクに飛ぶことにした。カトマンドゥ四日目、半分冷やかしで行った旅行代理店に結構条件の良いチケットがあったので、勢いでその日のフライトのチケットを買った。以下は主に今後自転車でカトマンドゥからバンコクへ飛ぶ人のための参考情報。

 僕がとったチケットはタイ航空のビジネスクラスで約480ドル。ビジネスにした理由は、荷物の許容量が10kg多く、更に例え許容量をオーバーしてもビジネスなら数kg位見逃してくれるということで、自転車を積むことによる重量超過の代金を考えるとそっちの方が安かったから。実際、預け入れ荷物の総重量は約34kgで4kgの超過だったけど、何も言われずに預けることが出来た。人生初のビジネスクラス。機内食もすごく美味しいし、サービスも良いしで大満足のフライトだった。

自転車の梱包はタメル地区の南東にある自転車屋さんに梱包材込み500ルピーで丸投げした。空港まではタクシーで350ルピー。
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 夜、バンコクのスワンナブーム空港に着き、カトマンドゥの空港で会った日本人と一緒にタクシーで安宿がたくさんあるカオサン通りの近くまで行った。カオサン通り周辺は水かけ祭りの真っ最中で、水浸しの道路の上をバズーカみたいな水鉄砲を持ったびしょびしょの人達が意気揚々と獲物を探して歩いていた。
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 ポカラからは、アンナプルナやマチャプチャレなどのヒマラヤの高い山が望めると聞いていたので、着いた翌朝、それを楽しみに外に出たのだけど、空はひどく霞みがかっていて、遠くのヒマラヤが見えるどころか、数百メートル先の小さな山でさえかなりぼやけていた。短いトレッキングに出ることも考えていたのだけど、この感じだと少し近付いたくらいではヒマラヤは見れなさそうだったのであきらめた。

ポカラのフェワ湖。こんな感じに近くの山も霞んでいた。
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 翌日も翌々日も同じ感じだったので、三日目にはあきらめて出発することにした。今の時期は本来、良く見える時期らしく、もう少しねばれば見ることも出来たと思うのだけど、あまりにもツーリスティックなポカラに魅力を感じることが出来ず、これ以上滞在するのは気が引けた。

 ポカラからカトマンドゥまでの道のりは約200km。地図を見るとネパール国境からポカラまでの道ほどにはカーブ続きではなかったし、平地から高地に登る訳ではないからそんなに大変ではないだろう、二日で着けるだろうと思っていたのだけど、甘かった。小刻みな登りと下りが延々と続き、最後には特大の登りが待っているタフな道のりで、結局三日かかり、その三日間の平均時速が11km、最後の日に限っては9kmという、かつてないスローペースの道程だった。

かなりの区間を川と並行して走る。川沿いには延々と水田が続く。
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川にはところどころ、こんな長い吊橋がかかっていたりする。
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この区間でも数えきれないほどの子供たちが手を振ってくれた。ほとんどの子が「ハロー」でも「ナマステ」でもなくて「バイバイ」と言うのが何か不思議。
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こんなに遠くにいても、まるで流れ星を見つけてお願いをするかのように「バイバイ、バイバイ」と一生懸命に手を振ってくる。
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 一日目、二日目に約70kmずつ走り、三日目にはカトマンドゥまでの距離は残すところ約60kmだった。出発も早かったし、お昼過ぎには着いて観光できるかな、と思っていたのだけど、甘かった。カトマンドゥまで約20kmほどのところで始まった登り坂はこれまでの道程で間違いなく最強の登り坂で、四時間くらいほぼずっと自転車を押して歩くはめになった。かなり登ったと思ったところで、一、二キロ先の山の相当高いところにある山腹の道が、つづら折りに何重にもなって高所へ高所へ続いているのを見たときには笑いそうになった。旅の初めの頃だったら軽く絶望してそうな気がするけど、ゆっくり行けばいいや、と意外なほど緩く考えている自分がいて、そんなところに旅を始めてからの自分の変化を感じたりもした。

中腹から。
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もう少し登ったところ。
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最高点近くからの景色。
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 途中、のろのろ運転のトラックやバスに掴まって、登っちゃおうかなという欲求と闘いながら、何とか自力で登り、夕暮れ時、あとはカトマンドゥ盆地へと下っていくだけの最高点に辿りついた。そこで飲んだ瓶入りジュースが最高においしかった。

216日目の走行距離約72km(ロカ岬からの走行距離10171km)
217日目の走行距離約73km(ロカ岬からの走行距離10244km)
218日目の走行距離約65km(ロカ岬からの走行距離10309km)
 ネパール国境付近のスノウリで一泊し、翌朝、国境を越え、ネパールに入った。取りあえずの目的地はアンナプルナなどヒマラヤの高い山々を望むことの出来るポカラという街。

多くの人が行きかう国境。イミグレーションは道の脇の小さな小屋なので気付かずに通過しそうになった。
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国境を越えて30kmくらい平地を走るとヒマラヤ山脈への入り口が見えてくる。
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地図を見て覚悟を決めていたけど、山肌を縫うように延々とカーブが続く。
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段々畑の景観が素晴らしい。
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ちょくちょく町や集落もある。
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 ネパールは途上国の例にもれず子供の数がやたら多い。彼らは使えなくなった自転車のタイヤや、手作りのクリケットのバッド、おはじきなど、少ないものと自分の頭と体を使って、思いっきり遊ぶ。僕を見つけると、他のどこの国の子供たちよりも警戒することなく、無邪気に「バーイ」と言って、手を振ってくる。ネパールは経済的にかなり貧しい国で子供の就労などが問題になっていたりもするのだけど、僕の目に映る彼らの大部分はとても幸せそうに見えた。

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 二日でポカラに着く予定だったのだけど、二日目に食べものにあたったのか久しぶりに本格的に体調をくずしたため、その日はあまり走らずに休んだ。翌日、まあ何とか走れそうだったので出発したのだけど、登り坂で力が入らなかったため、思っていた以上に進むのに時間がかかり、ポカラまであと15km程のところで完全に日が落ちてしまった。途中の町で駆け寄ってきた小さな少年が「夜は走っちゃだめだよ」と言っていたのが予言のように思い出される。

 あんまりいい予感がしないながらも、泊まる場所もないので走り出すと、一台の車が止まって、乗っているおじさんが話しかけてきた。窓からは彼の家族なのか、子供も含めた何人かが乗っていた。彼は、この先はジャングルエリアで夜は危ない、と僕に伝えた。僕はジャングルという響きに若干びびりながらも、進むしかないので進むと言うと、彼はじゃあ俺が後ろからライトで照らすよ、とそれが全然大したことではないかのように言った。僕が、僕はとてもゆっくりだからそれは悪い、気にせずに行ってくれ、と伝えても、「オーケー、オーケー」と言ってきかない。僕が走り出すと、彼らの車はその後ろからライトを照らしながらゆっくりとついてきた。

 真っ暗で鬱蒼とした曲がりくねった道だったから、とても助かったのだけど、山賊の話や、家族ぐるみの詐欺の話をどこかで耳にしていたりもしたので、少し警戒もしていた。登り坂に差し掛かったとき、車が横にやってきて、おじさんが長い登りだからここは自転車を乗せてけ、と言った。僕は彼らを100パーセント信じていた訳ではないし、自分の力で登りたいという気持ちもあったから、ここからは自分で行くから心配しなくて大丈夫、と伝え、お礼を言った。彼はオーケーと言って車を出した。

 やっぱり普通にいい人達だったんだなぁと思いながら走り出すと、ちょっと先の湧水が出ているところで彼らの車は止まっていた。僕が自転車を止めると、彼らはじゃあ行こうかと言った感じで、のろのろと坂を登る僕の後ろからまたライトを照らしてついてきてくれた。僕は相変わらず、彼らに感謝しながらも、同時にもし彼らが悪い人達だった場合の色々なケースを頭の片隅でシミュレートしていた。こういう場合にはこういう言葉で逃げようなど。これは旅の間に身に付けた処世術のようなもので、僕は相手に自分が疑っていることを見せずに、あくまで頭の片隅だけでそういうことを考える。最終的に相手がいい人だった場合でも、そのことで罪悪感を感じたりもしない。それが自分の身を守るために僕が決めている方針のようなものだからだ。
 
 坂を登り終わり、更にそこから進むと民家の光がぽつぽつと見え始めた。ここまで来れば車のライトがなくてもそんなに苦労せずに進めそうだったので、僕は自転車を止めた。ここからは大丈夫だから一人で行ける、と伝えるつもりだった。彼らがついてくるままに任せるのではなく、自分でここまででいいと伝えて別れるのが一番安全に思えたからだ。車が横に来るとおじさんは「ここがポカラだよ。さあ行こう」と言った。その声なのか、言い方なのかが、なぜだか僕に、もう彼らを疑わずに信じてしまおうと決めさせた。それで頭の片隅でやっていたシミュレートも止め、彼らの親切に身を委ねることにした。ポカラに続く下り坂と相まって、その決心には高いところからバンジージャンプするような気持ち良さがあった。もちろん紐がついていることを僕は信じている。あるいは信じようとしている。

 それからしばらく走り、街灯のある道に着いて今度こそ何の問題もなく一人で走れそうだったから、再び自転車を止めた。僕がお礼を言うと「オーケー、オーケー」とおじさんは言い、そのままさらりと去っていった。お互い名前も何も訊かないままだった。名前も知らない僕のために、坂道を自分で登りたいという僕のわがままにも面倒くさい顔一つせず、一時間以上も後ろからライトを照らしてくれた彼らへの大きな感謝と、彼らを信じることを選び賭けに勝ったような爽快感を感じながら、僕はポカラの街を宿を探して走った。

211日目の走行距離約63km(ロカ岬からの走行距離9978km)
212日目の走行距離約30km(ロカ岬からの走行距離10008km)
213日目の走行距離約91km(ロカ岬からの走行距離10099km)

ようやく10,000km突破。
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さんふぃ

Author:さんふぃ
ポルトガルロカ岬から、日本に向かって主に自転車で旅行中です。

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