旅の現象学

2012年から2013年にかけてのユーラシア大陸自転車旅行の記録です。

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バールから25kmほど自転車を走らせてアルバニアの国境に着く。インターネットの情報で道が悪いとあったのだけど、ところどころ狭いところはあるものの思いのほか、走りやすい道だった。

モンテネグロ、その名の通り山がちな国でした。
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アルバニア入国。本当にヒール感漂う国章だよなぁ。この国章、アルバニア人には相当人気があるようで、この先、至るところで目にすることになる。
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さて、入る前は少しびびっていたアルバニアだけど、入ってすぐの国境近くの町で、他のどの国よりも高い頻度で通り過ぎる人達がハローと声をかけてくる。子供たちに至ってはハイタッチを求めてきたりする。何だこれ、全然イメージと違うじゃないか。そして道路沿いの壁にこんなメッセージを見つけ僕は一気にリラックスした。
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町は予想していた以上に発展途上。
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国境付近だけが特別なのかとも思ったのだけど、そんな訳でもなく、だいぶ進んでも通り過ぎる人達の多くが声をかけてくれるし、道を確認するために自転車を止めたりすると、すぐに誰かがやってきて話しかけてくる。そして彼らの笑顔が本当にいい。何の意図も感じさせないすっぱだかの笑顔なのだ。僕が見知らぬ誰かに向ける笑顔や、これまでの旅の中で通り過ぎた人がくれた多くの笑顔が含んでいる、自分が相手の友達だと伝えたいとか、相手をリラックスさせたいとか、そういうポジティブな意図すらも彼らの笑顔は感じさせない。そこから何も読み取る必要が無いから、その笑顔は僕の壁をすり抜けてストレートに響いてくる。そういう笑顔が出来る彼らを僕は少し羨ましく思う。
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この日は暗くなるまで走った後、ロードサイドのモーテルに泊まった。宿探しに関しては、ネット上で首都のティラナ以外の場所の情報がほとんどなくて懸念だったのだけど、前日バールの宿の主人から聞いていた通り、ガソリンスタンドに併設されたモーテルが割と頻繁に見かけられ、今後も特に困ることはなさそうだった。値段に関しても20ユーロ程度と安かった。

アルバニアに入ってからティラナまでの約100kmはほとんどずっと平地。天気も良く、久しぶりに何にも邪魔されず思いっきり走ることが出来た。
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翌日は、とりあえず首都のティラナに向かった。事前に得た情報は「特に見る場所がない」というのがほぼ全てだったので、特に何も期待していなかったのだけど、行ってみるとすごく楽しかった。確かに特別な観光スポットはないのだけど、あちこちから聞こえてくる騒々しいクラクション、不規則な人の波、砂埃でかすむ遠くの建物など、ヨーロッパの他の都市と大きく異なる空気の中に身を浸すことは新鮮で刺激的だった。
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どんだけこのマークが好きなんだ。
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この日はティラナから山をひとつ越えたエルバサンという町まで走り、そこのモーテルに泊まった。

 翌日、この日の内にアルバニアを抜けてマケドニアに入るつもりで出発した。途中、リブラシドという町を抜ける直前にあったファストフードショップでサンドウィッチを頼み出来上がるのを待っていると、かなり汚い格好をした三人組の子供が僕の自転車に近付いてきた。特にはしゃぐ訳でなく、じっと僕や自転車を見つめたり、自転車に触ってきたりする彼らの様子は他の子供たちとは違っていて、どこか暗いものを感じさせるところがあった。少し警戒をしながらも僕は、他の子供たちとそうするように英語とジェスチャーでコミュニケーションを取ろうとしたのだけど、それも食い付きが悪い。サンドウィッチを受け取った後、僕は子供たちにじゃあねを言って走り出した。しかし彼らは走ってついてくる。三人の内の一人はボロボロのキャスターケースを引きずりながら。かなり長い距離を走ってもまだ付いてくるので、何だかそのまま振り切るのが心苦しくなって、僕は自転車を止めた。しかし止まってみたもののコミュニケーションがとれる訳でもないので、とりあえずこんなときのために持ち歩いている折り紙を取り出して鶴を折ってみた。彼らは興味深そうに見ながら、ときどきぼそぼそと話したりしていたのだけど、その様子もやはり他の子供たちが折り紙に示す反応とはだいぶ違っていた。
 出来上がった鶴を渡すと喜んではくれたようだった。再び出発しようと折り紙をしまっていたら、一人の少年が人差し指と中指を親指でこする万国共通の仕草をしながら、「レク、レク」とアルバニアの通貨の名前をつぶやいた。僕は反射的にノー、ノーと言った。たぶん眉間にしわを寄せて。彼はプリーズと言い、僕はもう一度、今度は困ったような顔をしてゆっくり首を振りながらノーと言った。それで彼は引き下がった。僕は「もう行くよ」と言って走り出した。
 しかし彼らは再びついてきた。自転車が揺れるなと思ったら、お金をねだってきた少年が自転車の後ろに積んだ荷物を押しながら走っているようだった。僕は振り向いた。その時に見たものを僕はずっと忘れないようにしたいと思う。彼は息をはあはあさせながら、すごくいい笑顔で笑っていたのだ。しばらくの間、そうして走った後、彼らは離れていった。振り返ると、彼らは大きく手を振っていた。
 走りながら自分の中の冷たい何かが溶けていくのを感じた。彼らは他の子供たちや昔の僕がそうだったように、ただ新しいものに触れたくて近づいてきたのであって、お金をもらおうと思ったのは付随的なものなのだ。そういうことを考えれば考えるほど同時に自分の中にひっかかっているものが大きくなっていった。
 この日アルバニアを抜ける予定だった僕は、この町で残っていたレクを使い切るつもりだった。それなのになぜ僕はレクをくれと言う少年に、頑なにノーと言ったのだろう。たぶん僕は彼がレクと言うのを聞いた瞬間に、ステレオタイプ的な嫌悪感に支配されて、彼を対等な人間として見るのを止めてしまったのだと思う。しかし彼の笑顔は、彼を対等な人間として見ることに、僕を否応なく引き戻した。
 僕は自分の精神の不自由さを強く感じた。そして何だかここで引き返さなければ、これから先もずっとその不自由さの中で生き続けることになる気がしてきた。それで僕は引き返した。幸い彼らは同じ道にいて、僕が近付くと小走りに寄ってきた。僕は持っていた小銭をさっきの三人と新しく加わっていた一人に手渡した。一人がいくつも硬貨をもらおうとしたのだけど「シェア」と言ったらおとなしく引き下がった。再び僕が走り出すと、彼らはさっきと同じようについてきた。しばらく走って彼らは止まった。振り向くと手を大きく振っていた。今度は僕も気持ち良く手を振ることが出来た。

 この日はアルバニア国境近くまで走った時点で暗くなっていたので、見かけたモーテルに泊まっていくことにした。入る前は一日でも滞在を短くしようと走行計画を考えていたアルバニアだったけど、今では去るのを名残り惜しく感じるようになっていた。

72日目の走行距離約88km(ロカ岬からの走行距離4393km)
73日目の走行距離約101km(ロカ岬からの走行距離4494km)
74日目の走行距離約60km(ロカ岬からの走行距離4554km)
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さんふぃ

Author:さんふぃ
ポルトガルロカ岬から、日本に向かって主に自転車で旅行中です。

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